ストラディバリはパスタを巻かない?
Voielloのパッケージ。
「最近どう、みんなパスタ巻いてる?」
とは最近売れっ子のHi-Hiのギャグですが、イタリア人はもちろん巻いてます。今日もせっせと巻いてます。
ではストラディバリも巻いていたのでしょうか。
パスタには大きく分けて2種類あります。乾燥パスタと生パスタです。もう日本でもすっかり定着していますね。
所詮は同じパスタ、生で作ったものを保存目的で乾燥しそれが乾燥パスタになった、とお思いになる方も少なくないと思います。しかしパスタの歴史を見てみると、そう単純なものではなく生と乾燥の違いには意外に多くの物が見えてきます。
古代ローマ時代既にパスタはありました。しかしパスタと言っても、窯で焼くパイのようなものや揚げパンのようなものでした。その後古代ローマ帝国崩壊、イタリアはゲルマン民族による長い支配の時代が始まります。ゲルマン民族が推し進めた搾取的政策のおかげで、イタリアの農業は壊滅的になります。更に「穀物を食すのは低俗だ」とするゲルマン民族の文化が根付き始めると、”パスタ”は完全に姿を消してしまうのです。
ナポリではマカロニ屋と呼ばれていました。
しかし11世紀頃、ゲルマン民族が引き上げていくと本来の食に戻ろうと”パスタ”が見直され始め、ようやくイタリア各地で現在のパスタが生まれ始めます。シチリアのパレルモにアラブ人によって乾燥技術がもたらされ、乾燥パスタが生まれます。これは乾燥に適している硬質小麦が良く採れたためです。
当時は「マッケローニ」と呼ばれていましたが、完全にスパゲッティーだったようです。
そしてほぼ同時期に生パスタも産声を上げます。
それは皆さんよくご存知の場所、北イタリアのポー川沿い。なんとクレモナを含むパダーノ平野なのです。
ポー川沿いでは、なめらかな食感を与えてくれる良質な軟質小麦が多く摂れたため、生パスタが広まったようです。
当時の生パスタは、ヴェネツィアと深い関係がありゲルマン時代の名残を色濃く残すポー川沿いでは、肉などの具を詰めてスープに入れて食べるのが基本でした。
この元祖生パスタをそのまま現代に伝えるのが、クレモナ名物の「マルビーニ」です。クレモナ在住者には見飽きた料理ですが、実はイタリアで中世の原型をとどめているパスタとしてはとても貴重なパスタなのです。
クレモナ名物のマルビーニ。
さて、ではストラディバリはどんなパスタを食べていたのでしょうか。
マルビーニをほおばりながら、たまに気分を変えてスパゲッティーを小洒落てくるくる巻いていたのでしょうか。
どうもそんなに優雅でもないようなのです。つと、スパゲッティーに至っては。
1630年代、北イタリアに疫病が襲います。
これがちょうど飢饉などが続いた後の追い打ちとなり、クレモナでは66パーセントもの人がなくなっています。これにより安定的に収穫ができ、栄養価が豊富な農作物の需要が高まり、トウモロコシやじゃがいも中心の食事へと変わっていきます。「ポレンタ」と呼ばれるトウモロコシ粉のお粥のようなものや、「ニョッキ」が庶民の食卓の主役だったようです。
もとより生パスタは庶民ではそう手に入らない貴族の食事でした。事実、日本でもおなじみラヴィオリなどは、エステ家の料理人が形や具などを発展させています。生パスタは庶民にとって、特別な日に食べるとても贅沢な食事だったのです。一方、ベネツィアやジェノバが積極的に貿易を行い南イタリアから伝わった乾燥パスタは、比較的庶民にも食べられていたようです。
摘んで下から食べるのが基本スタイルだったようです。
じゃ、当時の人に「最近パスタ巻いてる?」って聞いたらどうか。おそらく「はぁ(゚Д゚≡゚Д゚)?」と言われます。庶民、特に本場南イタリアでは基本的に巻いていなかったのです。なんと庶民はスパゲッティーを手で食べていたのです!しかも1900年代初頭までは南イタリアでは当たり前だったようです。
手で食べている写真なども残っていますし、日本でも売っているパスタ「Voiello」のパッケージも手でつまんで食べていますね。乾燥パスタは当時庶民の間ではファーストフード的要素が強く、道端に屋台が出てそれを手で食べるのが一般的でした。
ちなみに一般的にスパゲッティー用に使われる、4本に割れているフォークは1700年代初頭にナポリ王国の王様フェルディナンド2世が考案したものです。
このような屋台で売られていました。
もしかしたらこの習慣はクレモナにもあったのではないでしょうか。
ストラディバリが仕事の合間に小腹がすいたら、屋台に行ってスパゲッティーをちょちょいと手でつまみ、家に帰ったら、奥さんが作ったマルビーニに顔がほころぶ。そんなこともあったのではないでしょうか。
もしマルビーニを食べる機会がありましたら、当時の庶民の贅沢に思いを馳せ、スパゲッティーを食べる時には、こっそり手でつまんでストラディバリ時代の「粋」を体験してみてはいかがでしょうか。
次回は7月20日更新予定です。