ルボーステイン
第302回 中西 桂仁 (2024.10.05)
ルボーステインというものを皆さんご存知だろうか?
楽器の見た目を古く見せる仕上げを好む者に限らず、海外の製作者の間では以前から知られている着色料で、18世紀フランスのアンドレ・ルボーという家具職人が考案したとされている。
作り方は、底にいくつかの穴の空いたバケツに大量の馬糞を入れ、それが発酵して滴り落ちてきた液体を、下においた(こちらは穴の空いていない)バケツで受けるというもの。
時々上から馬のオシッコを注ぐと良いとされている。似たような見た目を得られる製品もいくつかあるが、製法が同じかどうかは謎である。
さて、これを実際に自家製で作って使用しているアメリカの製作家の楽器を見ると、実に良い感じの色に木が着色されている。
地色の木が真っ白でなくなると、ニスを塗り重ねていった時、とても落ち着いた、良い雰囲気が出てくるのだ。
毎度プライマーに悩まされている者としては、このルボーステインに興味が湧かないわけがない。自分でも作ってみたいという思いを抑えられなくなった。
そうと決まれば材料集めである。近くの乗馬クラブに事情を話すと「毎日出てきて、毎日捨ててるものだから」と快く応じてくださった。ホームセンターで土嚢袋を買い込み、乗馬クラブに伺う。厩舎でサラブレッドとご対面。メチャクチャでかい。蹴られでもしたらただでは済まないという当たり前の事をひしひしと感じる。馬側もこちらのそんな気持ちを察しているのか、なんとなくニヤニヤしている気がしてしまう。
こんなに大量にいるだろうか?と思いつつも、あとから必要になってまた分けていただきに来るというのもどうなのかと思い、なかなかの量を袋に詰めた。
季節が冬だったという事もあり、馬糞は意外に臭わない。干し草の匂いに近い感じで、ちょっと拍子抜けした(厩舎の中にオガも撒いてあるので、その匂いも混ざっている)。
さて、問題は馬のオシッコである。乗馬クラブでも聞いてみたのだが、馬糞はいずれにせよ、オシッコに関しては馬がオシッコをするタイミングなどわかるわけもなく、それはただただ床にしかれた藁やオガに吸い込まれる感じで集めようもないそうで、これに関しては協力できないと丁寧にお断りされた。
ネットで検索してみると、馬術競技などの時に、ドーピングの検査で馬のオシッコを採る事があるとわかり、JRAの施設や馬術大会が行われる施設にも問い合わせをしてみたが、今現在ではそのような方法で検査をする事はあまり行われていない、という事だった。
では、海外の製作者はどうしているんだろう?と調べてみると、なんと、うさぎのオシッコで代用しているという。
しかも、狩猟用に使うためのものがネットで売っているらしい。どうにかこうにか海外の通販サイトでうさぎのオシッコを発見したが、国外には配送していないという。海外からうさぎのオシッコを取り寄せるなど、冷静に考えてみればアタマオカシイ。仕方なく国内で販売してないのだろうかと探すも、どうしても見つける事はできなかった。
一時は、うさぎ専門店というペットショップさんに連絡して、オシッコをわけていただこうかとも考えたが、基本的にはいわゆるオシッコシートみたいなものに吸い取らせてしまうらしく、もしそれをいただいたとして、それを絞って集めたものを、果たして純粋にオシッコと呼べるのか?などという、オシッコとはなんぞや的袋小路に迷い込んだりもした。
事ここに至っては、実際に自分でうさぎを飼うしかないのではないかという不穏な考えもよぎったが、さすがにそれは人としてどうなのと、ふと我に帰り思いとどまった。危険があぶない。
そうこうしているうちに月日は流れ、自分は馬のオシッコと縁がないのだなと半ば諦めかけていた時、たまたま奇跡的に馬を飼っている方と出会う事ができた。事情を話すと、ご親切にもオシッコを分けてくださると言う。しかも、灯油の携行タンクに取り溜めておきますか?とご提案くださった。長年憧れたアイドルか何かに会いに行くかのような思いで、車で高速2時間半かけてオシッコを取りに伺った。乗馬クラブで会ったサラブレッドに比べ、かなり小柄な優しい目をしたお馬さんに挨拶し、親切な飼い主さんにお礼をして、帰りは下道3時間半。後部座席足元に馬のオシッコを載せて走る車など、関東広しと言えど、その瞬間は私の車1台だけだったに違いない。知らんけど。
材料は揃った。
レシピに従い、堆肥製造用のコンポストに馬糞などを入れ、上からオシッコをかける。あとは発酵してできあがるまで(時折オシッコをかける)3〜6ヶ月待つだけである。
こうして出来上がったルボーステイン(と思しき物)は、想像していたよりずっと普通の印象で、試しに木に塗った感想としては「…ん?」と言う感じだった。想像していたよりもずっと色は薄い感じ。塗り重ねるか、少し濃縮するか・・・。ちょこちょこ色々試してみたが、なかなか思ったような結果を得る事ができない。うんうん唸りながら調べると、良い感じの色味を得るためには、どうやら独自の運用方法があるらしく、作ってそのまま塗ればOKと言うわけにはいかないらしい。若干気が遠くなりかける。
ちなみに、馬糞とオシッコで作られるにも関わらず、出来上がったものは臭くなく、若干の甘い香りがする液体である。
というわけで、趣味の実験止まりになっております。話を読みながら「ぇえ・・・」と引いてしまっている皆さん。安心してください!まだ使ってませんよ!
怪しいコンポスト群
とりあえずの出来上がり
試験。左端が白木状態