ドロミティの小さな町テーゼロ
2018年の9月から10月にかけて行われた、第15回クレモナ国際弦楽器製作コンクールにチェロを出品しました。この時、楽器を郵送すると途中で壊れる可能性が大きいので、自分で持参することにしました。それも、手荷物に預けると海外の空港の職員に放り投げられる可能性が大きいので、チェロのために座席を買って自分の横に置き、常に自分で運搬しました。その上、理由は今でも分からないのですが、楽器の提出は本人には出来ない規約なので、提出者として家内を同伴しました。つまり、チェロ1台出品するのに航空券3枚の出費になってしまいました。
チェロは体重も軽いし食事もしないのに大人と料金が同じなのは、「なんでやねん!」
楽器は9月7日から9月9日の間に提出し、その後、外観の審査と音響審査が行われ、結果が発表された後、9月27日から10月14日まで展示されます。展示会終了後は楽器を持ち帰らなければなりません。そのためイタリア二往復するか、少なくともその36日間ずっとイタリアに滞在するかという選択をすることになります。私は飛行機に乗ると高山病の症状が出るので、イタリアに滞在する道を選びました。すると今度は滞在費が高くつくという心配が出てきましたが、こんな機会がなければイタリアに長期滞在することがないので、貧乏旅行することにしました。
岩井孝夫さんに話すと、「そんなに長くイタリアにいるなら、ドロミティに行ったらいい。」と言われました。自転車でドロミティを走ったことのある岩井さんの言うことですから、私はすぐその気になりました。私の年代の者にとって「ドロミテ」というと、スキー靴の有名ブランドとしての記憶が鮮明です。「ドロミテ」がイタリア北部の山岳地帯の名称であることは知っていましたが、観光地としての情報が良く分からないし交通も不便そうなので、今まで行こうと思ったことはありませんでした。
ところで、ドロミティにはチレーザ(Ciresa)という楽器用材の材木屋があります。そんな不便なところにある材木屋にはこんな機会でもなければ行けないと思い、観光も兼ねて行ってみることにしました。
楽器用材木店チレーザは、ドロミティの外れ、つまり有名な観光スポットとは縁のないテーゼロ(Tesero)という町にあります。ヴェローナ(Verona)から鉄道で北上し、トレント(Trento)を過ぎ、オーラ(Auer-Ora)で下車し、バスに乗り換えました。このあたりから北の駅名はドイツ語とイタリア語の二つが併記されています。もともとイタリアとオーストリアの間で係争地になっていましたが、第1次世界大戦のとき連合国側が、「勝ったらこの地域をイタリア領と認める」と言ってイタリアの参戦を促した結果、イタリア領になりました。その後、紆余曲折がありましたが、現在はこの地域ではドイツ語とイタリア語が公用語になっていることが、駅名表示に反映しているのだと思います。オーラはドイツ語圏ですが、これから行くテーゼロはイタリア語圏になっています。
さて、オーラを出発したバスは標高を稼ぎながら曲がりくねった道を進みます。その両側にはアベーテロッソと思われる大きな木が生えています。バスはカヴァレーゼ(Cavalese)という小さな町に到着し、そこでバスを乗り換えました。テーゼロまであと少しです。
テーゼロは、山間部にある標高1000mの小さな町です。街道沿いのバス停があるところは平らですが、それ以外は斜面になっています。バス停のあるところが一番低く、町はそこから上に伸びる斜面に広がっています。下から見上げる町はとても美しく、そこへ登って行きたい誘惑にかられますが、その道は狭くて外部の者の侵入を拒んでいるかのようで、立ち入る勇気がありませんでした。
テーゼロ
テーゼロの町役場
楽器用材木店チレーザは、町外れの街道下の斜面にありました。雨ざらしになった古くて大きいバンドソーが目印です。店の中に入ると、そこは工房になっていて、4~5人の職人がピアノの響板を作っていました。ここで作っているのは響板だけで、他の部分を作っているようには見えませんでした。楽器用材はそこから地下に降りたところに保管してありました。通常、地下は湿度が高いので木材の保管には適しませんが、傾斜地ですから外から見れば半分は地上に出ているのだと思います。
店のホームページを見ると、表板材も裏板材も同じように在庫しているかのように書いてありますが、行ってみるとほぼ表板材しかなく、カエデは形ばかりしかありませんでした。私はカエデ材を探していましたので、残念ながら直ぐに店を出ました。木を買うことが主目的であればがっかりですが、私の目的はドロミティ訪問でしたから、気持ちを切り替えて二度と来ることがないであろうテーゼロの美しい街並みを楽しむことにしました。
テーゼロを後にした私たちは、オーストリア国境に近いドッビアーコ(Toblach-Dobbiaco)に移動し、トレチーメ(Drei Zinnen-Tre Cime di Lavaredo)のハイキングなどを楽しみ、今回のドロミティの旅を終えました。