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魂柱の調整

第56回 高田 博史(2013.09.20)

今年の夏は暑さと湿気が例年にも増してひどかったように思いますが、今回は楽器の調整、おもに魂柱の調整についてお話しさせていただきます。

ヨーロッパに比べ、日本の空気と気候は弦楽器にとってあまり良い条件とは言えません。特に夏場の湿度と気温は、楽器の調子や音に悪影響を及ぼします。しかし、そんな気候だからこそ日本の職人は工夫を凝らして鳴りにくい環境でも楽器の性能を引き出せる技術を磨いてきました。そのひとつに魂柱の調整が挙げられます。

魂柱とは駒からの弦の振動を表板から裏板に伝えるために駒から数ミリのところに立っている棒の名前ですが、この魂柱は接着はされずに自由に動かせる構造になっています。魂柱はその名の通り、楽器にとっては魂のように大事なものでほんの0,1ミリ動くかどうかでも音がガラっと変わります。職人は主に魂柱の駒から離す距離、立てる強さによって楽器から様々な音色を引き出して楽器本来の性能をフルに発揮しつつ、演奏者の理想とする音に近づけていくのです。

魂柱調整によって変えられる要素はおもに

・音の響き・音量
・発音・レスポンス
・音のピント・バランス などです。

きちんと調整された楽器は軽い力でストレスなく鳴り響き、ボウイングに無駄な力を必要としません。逆に調整をせずにほったらかしで弾いていると次第に音は鈍く、小さくなり音がかすれやすくなったりレスポンスも悪くなるので弾いていてストレスも溜まります。

楽器のコンディション、主に表板・裏板の経年具合、厚み、健康状態、使用する弦(弦の銘柄によって張力が異なる為)、その他様々な要素を踏まえ吟味した上で訓練された木工技術と経験を駆使して最大限の性能を引き出していくのですが大事なことがもうひとつあります、演奏者と十分コミュニケーションをとることです。

魂柱調整に使う道具です魂柱調整に使う道具です

音色の調整は職人ごとに最良と思う音にしていくのですがやはり主観があり、同じ楽器を十人の職人が調整すれば全て違う音になります。そこで演奏者とのコミュニケーションが重要となってきます、全く演奏者の意思に耳を傾けずに調整をしたのでは職人の自己満足で終わってしまう危険性があるのです。

演奏する曲(バッハとロマン派のコンチェルトでは求められる響きは違います)や、演奏する場所(小規模のホールなのか、大ホールなのか)なにより演奏者が求めている音を十分意見交換し合った上で、求められる音に仕上げていきます。その工程はとてもスリリングで難しいのですが、ホールに演奏を聴きに行き楽器の響きを確認して自分も演奏者も満足いく結果が得られた時に全てが報われます。そしてそこから演奏者との信頼関係が生まれていきます。

どんなに良い音に調整できても魂柱は弾いているうちに振動で緩んでいってしまうので定期的に調整しなければいけませんが、一度信頼関係が芽生えた演奏者は必ずまた同じ職人のところに足を運んで下さるようになります。良い音の楽器を作ることは製作者の永遠の課題ですが、今ある楽器を良い音にすることも演奏者にとって必要とされるバイオリン職人の大事な仕事です。
みなさんも是非お気に入りの音にしてくれる職人をみつけてください。

次回は10月5日更新予定です。