楽器の町医者
第306回の担当は、静岡でアトリエアサヒという工房をしている中尾正人です。
2023年より、ここ関西弦楽器製作者協会のメンバーになりました、皆さんどうぞよろしくお願いします。
このコラムを書くのは初めてなので、名前だけでも憶えていってくれたら嬉しいです。正人はマサトと読みたくなると思うんですが、マサヒトです。でも大体はナカオさん、アサヒさんと呼んでもらっているのでヒがあるかないかは気にしません。静岡にも会員が居るんだなって印象に残れば大成功です。
第7シーズンも今回で終わり、次回からは第8シーズンがスタートします。
トリを新参者が務めてもOK、連絡係からは「内容文字数自由です。どんどん自己宣伝やってください」という自由で寛容な雰囲気いっぱいの関西弦楽器製作者協会。
何を書いたら良いものか。
ついに回ってきたコラムの担当に、あたふたしながらこの数週間を過ごしていました。
コラムって何だろう?と、改めて辞書やWikiを調べるところから始めるような性格です。
小学館の国語辞典しか家にないから三省堂か新明解の第八版買おうか?捻って明鏡行く?なんてことも考えたりしちゃいます。
引いてみると、コラムとは”新聞・雑誌で短い評論などを掲載する欄や囲みものの短い記事”のことを言うんだそうです。良かった。何かを評論をする気にはなれないので、今回は後者を元気に綴ってみます。
ここを訪れる方は弦楽器に興味があるはずなので、初稿はそこから離れないようにテーマは我々の仕事について書いてみようと思います。
職人の仕事は大きく2つのタイプがあるんじゃないかというのが私の考えです。
製作をメインに活動している人と、私のように調整・修理をそれにしている人。
両者に明確な線引きはないんですが、あえて区別するのなら”自分1人で完結するか否か”と言えなくもない気がしています。
製作の場合、職人は楽器と向き合うことになります。
自分がイメージする理想の音を求めてモデルや構造を突き詰め、そこに自らの哲学や知識技術のすべてを注ぎ込んで1挺の楽器を生みだす。
オーダーメイドになると依頼者の意向が組み込まれてきたりするわけですが、完成するまでは己との闘い。どこに重きを置くかはそれぞれで、精度や造形に命を懸けている人、構造と音色に並々ならぬ情熱を注いでいる人、コンセプトを大切にしてカタチにしている人もいるでしょう。
ともあれ、基本は孤独な道のりです。
対して調整・修理はどうかというと、もちろん楽器と向き合うのは同じなんですが、そこに依頼者(演奏者)がいる。
ここが製作との違いだと思います。
仕入れた楽器のオーバーホールやセットアップをするときは顔の輪郭までわかる使用者の姿はありませんが、依頼者が工房にやってきて初めて仕事が始まるのが調整・修理ではないかと思うのです。自分1人では完結せず、誰かが居ないと仕事にならないんです。
如何に依頼者の要望や悩みに寄り添って問題をとらえられるか。
職人のエゴを押しつけるのではなく、逆に依頼者の希望する方法(が楽器にとって正解とはならないこともあります)をそのまま受け入れるのでもなく、楽器を含めた3者にとってベストな方向を導き出していくか。この工程は共同作業と言っても良いかもしれません。
そこに必要なのは信頼関係です。
関係を築いていくために更に突っ込んで書くなら、相談や質問を受けたらそれに回答しようとするのではなくて、そこにたどり着いたその人の心を受容することも、調整・修理では大切な姿勢といえるでしょう。
経験を積んでいくと、質問や悩みに対して直ぐに回答しようとしてしまう自分がいるのが分かります。
沢山の前例を見てきているし対応もしているので当然の動きなのですが、それは答えを与えて満足しているだけに過ぎません。
解決はできるし信用してもらえるかもしれないけれど解消と信頼にはつながらない。
なぜその質問をするに至ったかを考えることは、依頼者のもっと深い根っこの部分に触れることだと思うのです。
これは医療のアプローチに倣っているところがあるんですけれど、
それができてこそ私が目指している「楽器の町医者」に近づけるはずです。
丁寧なヒアリングに始まり、上記を踏まえて適切なサービスを提供する。
簡単にみえて実はやればやるほど奥が深く、難しくも楽しい仕事です。
もちろん製作も同じく作れば作るほど更に深さが増していく世界なんですけれど、これは次回以降の担当のときに。
故郷で工房を始めて1年と少し。「静岡に工房ができて助かる!」「近くにあると安心する」など、沢山の方にそう言ってもらえるのは本当にありがたいです。
まだまだ足りないところとやりたいことは星の数ほどありますが、誰でも気軽に来られる楽器の町医者になれるよう演奏者の内面に寄り添った仕事をこれからも続けていきます。
少し前にアトリエアサヒのWebサイトもリニューアルしました。
私が目指す親しみやすい工房のイメージが詰まった素敵なデザインになっているので、ぜひ覗いてみてください。そしてアトリエアサヒにお越しいただけたら嬉しいです。